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2011年3月

福島原発事故に思う

2011年3月11日に発生しました東日本大震災におきまして、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
また、被災された方々、そのご家族の方々に心よりお見舞い申し上げます。

被災地にて救出活動、災害対策にあたられている関係者の方々にも深く敬意を表すとともに、1日も早い復旧と復興を願ってやみません。

今から4年くらい前に、「六ヶ所村ラプソディー」という映画を観たことがある。いわゆる「反核」ではなく、原子力発電をより推し進める政策を選択した日本の未来を考えようという内容で、巨大な再処理工場を抱えてしまった、青森県の小さな村の人々の生活や思いを淡々と描き出す映画だった。

アーティストのUAも駆けつけて行われた上映会で、私は初めて日本のエネルギー政策にまつわる様々な事実を知った。原子力はクリーンエネルギーであるという表向きの顔とは裏腹に、安全に運転されていても大気や水に放出され、いったん事故となれば自然界にとりかえしのつかない深刻な影響をもたらす放射能。音もにおいもなく、目には見えないけれど、海や空に広がり確実に生態系を破壊していく汚染。

日本は現在55基の原発を抱え、電力の3分の1をまかなっているそう。放射能汚染というツケをはらい続け、とりかえしのつかない事故が起きるリスクを背負いながら、終わりのない経済発展や快適で便利な生活を追い求めた結果、絶対に起きてはならない事故がついに起こってしまった。最悪の事態はますます深刻になるばかりで、片時も目を離せない緊迫した状態が続いている現在。

何とかこの状態を切り抜けようと、命懸けで作業に従事されている現場の方々やご家族、そして震災と原発事故の二重の苦しみで故郷を離れなければならなかった地元の方々。国のエネルギー政策のために、あまりにも多くの犠牲を払うことになってしまうかも知れないすべての方々に対して、本当に心が痛み、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

今、都会はネオンを消し静まりかえったようにひっそりと夜を迎えている。なぜもっと早くこの状態にしなかったのか、便利で快適な暮らしをまかなうエネルギーは本当に全部必要だったのか?無駄なエネルギー消費をつくづく考えさせられる、毎日の停電。

今回のことを機に、希望ある未来を次の世代へ引き継いでいくためにも、日々の生活の中から少しずつ意識を変えていかなければいけない。もうこれ以上何も傷つくことがないように。。。

『ある時、アマゾンの森が燃えていた。

大きくて強い動物たちは我先にと逃げていった。

しかし、クリキンディ(金の鳥)と呼ばれる小さいハチドリだけが、そこに残った。

そして、くちばしに1滴ずつ水を含んでは、燃えている森の上に落とした。

それを繰り返すクリキンディを見て、大きくて強い動物たちは、馬鹿にして笑った。

「そんなことをして、森の火が消えるとでも思っているのか。」

クリキンディは答えた。

「私は、私にできることをしているの。」 』

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